日本の個人税務ガイド — 在留外国人のための所得税・住民税の基礎知識
日本に住み、収入を得る人には、国籍を問わず納税義務が生じます。ただし「日本にどのくらい住んでいるか」によって課税される所得の範囲が大きく変わるため、外国人にとっては日本人以上に制度の理解が重要になります。
本記事では、日本の個人課税の全体像を整理したうえで、在留外国人が実務上つまずきやすい論点を中心にまとめます。
本記事の位置づけ 一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務相談に代わるものではありません。判断に迷う場合は、所轄の税務署または税理士にご相談ください。記載の金額は2026年(令和8年)8月時点の法令に基づいています。
1. 日本の個人課税の全体像
日本で個人の収入にかかる主な負担は、次の3つです。
種類 課税主体 性格 目安の負担率 所得税 国 累進課税(5〜45%) 所得により変動 住民税 都道府県・市区町村 ほぼ一律 所得割10% + 均等割 約5,000円 社会保険料 国・自治体 税ではないが強制徴収 給与の約15%(本人負担分)
税金の話をする際、社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険)は「税」ではありませんが、手取りへの影響は所得税より大きいことが多く、実務上はセットで理解しておくべき項目です。
重要な特徴として、住民税は前年の所得に対して翌年課税されるという点があります。来日1年目は住民税がかからず、2年目から急に手取りが減る、あるいは退職・帰国した翌年に納付書が届く、という事態はここから生じます。
2. 納税義務者の区分 — 外国人にとって最重要の概念
日本の所得税法は、個人を次の3つに区分し、課税される所得の範囲を変えています。
2-1. 区分の判定 区分 判定基準 課税される所得の範囲 非居住者 居住者以外の人 国内源泉所得のみ(原則20.42%の源泉分離課税) 非永住者 日本国籍を持たず、過去10年以内に日本に住所・居所を有していた期間の合計が5年以下の居住者 国内源泉所得の全部 + 国外源泉所得のうち「国内で支払われたもの」または「国外から日本へ送金されたもの」 非永住者以外の居住者(永住者) 上記以外の居住者 全世界所得
「居住者」とは、日本国内に住所を有する人、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する人を指します。在留資格の種類やビザの名称ではなく、生活の本拠がどこにあるかという実態で判断されます。
2-2. 非永住者制度が意味するもの
非永住者は、居住者でありながら国外源泉所得の全てが原則として課税対象から除外され、国内払いや日本への送金があった場合に限り、一定の計算を経た国外源泉所得が課税対象となります。この制度は日本独自のもので、国際的な全世界所得課税の原則から外れた例外的な取扱いです。
実務上とくに注意すべきなのは送金の扱いです。過去の裁決事例では、国外から送金した資金を同じ年のうちに国外へ返金しても、送金額から控除することは認められないと判断されています。送金は課税権を行使する契機とされているためで、「往復させれば相殺される」という理解は誤りです。
母国の口座から日本の口座へ生活費を送金している場合、その年に国外源泉所得(母国の不動産賃料、株式配当、事業収入など)があると、送金額の範囲内で課税対象が発生し得ます。心当たりのある方は、送金記録を必ず保管してください。
2-3. 5年を超えたとき
来日から通算5年(過去10年以内で判定)を超えると、非永住者から永住者に切り替わり、全世界所得が課税対象になります。母国に不動産や証券口座を持つ人にとっては大きな転換点であり、事前の準備が必要です。
3. 所得の10分類
日本の所得税は、収入の性質によって所得を10種類に分け、それぞれ計算方法を変えています。
分類 主な内容 給与所得 会社員・パート・アルバイトの給与、賞与 事業所得 個人事業、フリーランスの収入 不動産所得 家賃収入 利子所得 預貯金の利子 配当所得 株式配当、投資信託の分配金 譲渡所得 不動産・株式などの売却益 一時所得 保険の満期金、懸賞金 雑所得 公的年金、副業収入、暗号資産の利益 退職所得 退職金 山林所得 山林の伐採・譲渡
大半の給与所得者は「給与所得」のみですが、副業、母国の不動産賃料、暗号資産取引などがある場合は複数の分類にまたがり、確定申告が必要になります。
4. 所得税の計算 — 5つのステップ ① 収入金額 - 必要経費(給与の場合は給与所得控除) = 所得金額 ② 所得金額 - 所得控除 = 課税所得金額 ③ 課税所得金額 × 税率 = 所得税額 ④ 所得税額 - 税額控除 = 基準所得税額 ⑤ 基準所得税額 + 復興特別所得税 = 納付税額
「収入」と「所得」は別物である点が最初のつまずきどころです。年収500万円の会社員の「所得」は500万円ではなく、給与所得控除を引いた後の金額を指します。
4-1. 給与所得控除(令和8年分)
給与所得者には、必要経費の代わりに収入に応じた概算控除が認められます。2026年(令和8年)分から、最低保障額は74万円です(本則69万円+令和8・9年分限定の特例5万円)。
なお給与収入が69万1,000円以上220万円未満の場合、令和8・9年分は改正後の計算表が適用されるため、給与計算システムが最新の表に更新されているか確認が必要です。
4-2. 所得税の税率表
課税所得金額に応じた7段階の超過累進税率です。
課税所得金額 税率 控除額 1,000円 〜 194万9,000円 5% 0円 195万円 〜 329万9,000円 10% 97,500円 330万円 〜 694万9,000円 20% 427,500円 695万円 〜 899万9,000円 23% 636,000円 900万円 〜 1,799万9,000円 33% 1,536,000円 1,800万円 〜 3,999万9,000円 40% 2,796,000円 4,000万円 以上 45% 4,796,000円
超過累進であるため、「年収が上がって税率が変わると手取りが減る」ということは起こりません。上がった部分にのみ高い税率が適用されます。
4-3. 復興特別所得税と防衛特別所得税
現在、所得税額に対して2.1%の復興特別所得税が上乗せされています。
令和8年度税制改正により、令和9年1月から所得税額に対して税率1%の防衛特別所得税が新設されます。同時に、家計負担が急増しないよう復興特別所得税の税率は2.1%から1.1%へ引き下げられ、その分、復興財源を確保するため課税期間が10年間延長されます。
5. 所得控除 — 2026年(令和8年)の最新数値
物価上昇への対応として、2025年(令和7年)・2026年(令和8年)と2年連続で控除額が大きく引き上げられました。
5-1. 基礎控除
すべての納税者に適用される控除です。令和8年分・令和9年分は、本則額に特例加算が上乗せされる二層構造になっています。
合計所得金額 基礎控除額(令和8年分) 489万円以下 104万円(本則62万円+特例42万円) 489万円超 〜 655万円以下 67万円(本則62万円+特例5万円) 655万円超 〜 2,350万円以下 62万円(本則のみ) 2,350万円超 段階的に縮小
本則額が58万円から62万円へ引き上げられたのは、令和5年11月から令和7年10月までの2年間の消費者物価指数上昇率6.0%を反映したものです。今後は2年ごとに物価連動で見直される仕組みが導入されました。
なお特例加算は令和8年・9年分の時限措置で、令和10年分以後は対象が合計所得金額132万円以下、加算額37万円に変わる予定です。
実務上の注意:特例加算分(42万円・5万円)は令和8年11月までの毎月の源泉徴収には反映されません。精算は令和8年12月の年末調整で行われます。月々の給与明細を見て「控除されていない」と慌てる必要はありません。
5-2. 課税最低限は年収178万円へ
基礎控除104万円と給与所得控除74万円を合計すると、給与収入178万円までは所得税がかからない計算になります。いわゆる「年収の壁」は、103万円 → 160万円(令和7年)→ 178万円(令和8年)と段階的に引き上げられてきました。
5-3. 扶養に関する控除 項目 令和8年分の要件・金額 扶養親族・控除対象配偶者の所得要件 合計所得62万円以下(給与収入のみなら136万円以下) 特定親族特別控除 19歳以上23歳未満の親族が対象。所得に応じ3万円〜最大63万円 ひとり親控除 所得税35万円(令和9年分から38万円)/住民税33万円 勤労学生控除 学生本人の合計所得89万円以下が要件
特定親族特別控除は令和7年に新設された制度で、大学生年代の子がアルバイト収入を得ても、扶養控除が急に消えず段階的に減る仕組みです。学生であることは条件ではありませんが、配偶者と事業専従者は対象外です。適用には「給与所得者の特定親族特別控除申告書」の提出が必要です。
5-4. その他の主な所得控除 社会保険料控除:支払った全額(健康保険・年金・介護保険など) 生命保険料控除・地震保険料控除:契約内容に応じた金額 医療費控除:年間10万円(または所得の5%)を超えた部分 寄附金控除:ふるさと納税を含む 配偶者控除・配偶者特別控除 障害者控除・寡婦控除 小規模企業共済等掛金控除:iDeCo(個人型確定拠出年金)の掛金を含む 6. 住民税
住民税は、前年1月1日から12月31日までの所得に対し、その年の1月1日時点で住所のある自治体が課税します。
6-1. 構成 区分 内容 所得割 課税所得の約10%(市区町村6% + 都道府県4%) 均等割 一律 約5,000円(住民税均等割4,000円 + 森林環境税1,000円)
自治体によって若干の上乗せがある場合がありますが、基本構造は全国共通です。
6-2. 納付方法 特別徴収:会社員は毎年6月から翌年5月まで、12回に分けて給与から天引き 普通徴収:個人事業主などは、6月に送られる納付書で年4回(6月・8月・10月・翌年1月)納付 6-3. 外国人が注意すべき点
来日初年度は住民税がかからないため、2年目から手取りが数千円〜数万円減ります。これを「給与が減った」と誤解するケースが多く見られます。
さらに重要なのは帰国・出国時です。1月1日時点で日本に住所があれば、その年度の住民税は前年所得に基づき全額課税されます。年の途中で出国しても納税義務は消えません。出国前に一括納付するか、後述の納税管理人を選任する必要があります。
7. 年末調整と確定申告 7-1. 年末調整で完結する人
給与所得者の大半は、勤務先が12月に行う年末調整で納税が完了します。会社が源泉徴収した概算税額と、正しい年税額との差額を精算する手続きです。
7-2. 確定申告が必要な人
次のいずれかに当てはまる場合は、自分で申告します。
給与収入が2,000万円を超える 給与以外の所得が年20万円を超える(副業、暗号資産、母国の不動産賃料など) 2か所以上から給与を受けている 個人事業主・フリーランス 年の途中で退職し、年末調整を受けていない 医療費控除・寄附金控除・住宅ローン控除(初年度)を受ける 非永住者で、課税対象となる国外源泉所得がある 7-3. スケジュール 時期 手続き 11月〜12月 勤務先で年末調整の書類提出 1月末 源泉徴収票の交付 2月16日 〜 3月15日 確定申告・所得税の納付 6月 住民税の通知・納付開始
還付申告(納めすぎた税金を戻してもらう申告)は、翌年1月1日から5年間いつでも提出できます。3月15日にこだわる必要はありません。
申告は税務署窓口、郵送のほか、e-Tax(マイナンバーカードとスマートフォンで完結)が利用できます。国税庁の確定申告書等作成コーナーは英語・中国語など多言語のガイドを用意している場合があります。
8. 在留外国人に特有の論点 8-1. 国外に住む家族を扶養控除の対象にする場合
海外に住む親族を扶養控除の対象とするには、親族関係書類と送金関係書類の提出が必要です。
さらに2023年(令和5年)分以降、30歳以上70歳未満の国外居住親族は原則として扶養控除の対象外となりました。例外として認められるのは次の3つに限られます。
留学により国外に居住している者 障害者 その年に38万円以上の生活費・教育費の送金を受けている者
母国の両親を扶養に入れている方は、年齢と送金額を必ず確認してください。
8-2. 租税条約
日本は多くの国と租税条約を結んでおり、二重課税の排除や、特定の所得に対する軽減・免除を定めています。教授・研究者、学生・事業修習者に対する免税条項が用意されている条約もあります。
適用を受けるには、原則として支払者経由で「租税条約に関する届出書」を税務署に提出する必要があります。自動適用ではないため、提出漏れによって受けられるはずの免税を逃す例が少なくありません。
8-3. 外国税額控除
全世界所得課税の対象となる居住者が、国外でも同じ所得に課税された場合、一定額を日本の所得税から差し引ける制度です。確定申告での適用となります。
8-4. 出国するとき — 納税管理人
年の途中で日本を離れる場合、その年の所得について申告・納付する義務が残ります。対応は2通りです。
出国までに確定申告を済ませる(準確定申告) 納税管理人を選任する — 出国前に「所得税・消費税の納税管理人の届出書」を所轄税務署に提出。日本に residing する個人または法人であれば、友人・勤務先・税理士のいずれでも構いません
住民税についても、市区町村に納税管理人の届出が必要です。所得税とは別手続きである点に注意してください。
8-5. 国外財産調書
その年12月31日時点で、価額の合計が5,000万円を超える国外財産を有する居住者(非永住者を除く)は、翌年6月30日までに「国外財産調書」を提出する義務があります。
8-6. 国外転出時課税(出国税)
1億円以上の有価証券等を保有する一定の居住者が日本を出国する際、含み益に対して課税される制度です。過去10年以内に5年超日本に居住していた人が対象で、多くの一般的な在留者には該当しませんが、投資資産の大きい方は事前確認が必要です。
8-7. 年金の脱退一時金と源泉徴収
日本を離れる外国人が請求できる年金の脱退一時金には、20.42%の所得税が源泉徴収されます。出国前に納税管理人を選任しておけば、この源泉税の還付を受けられる可能性があります。手続きの順序が重要で、出国後に気づいても遡れないケースがあります。
9. よくある質問
Q. 母国から日本の口座へ生活費を送金しています。課税されますか。 A. 送金そのものが課税されるわけではありません。ただし非永住者の場合、その年に国外源泉所得があると、送金額の範囲内でそれが課税対象に取り込まれます。国外源泉所得がなければ、単なる資産の移動として課税は生じません。
Q. 副業の収入が年15万円あります。申告は必要ですか。 A. 給与以外の所得が20万円以下であれば、所得税の確定申告は不要です。ただし住民税の申告は必要です。この2つは基準が異なるため、市区町村への申告漏れが起きやすい論点です。
Q. 暗号資産の利益はどう扱われますか。 A. 現行制度では原則として雑所得となり、総合課税の累進税率が適用されます。なお令和8年度税制改正大綱では、一定の暗号資産取引について20.315%の分離課税へ移行する方向性が示されており、今後の制度変更に注意が必要です。
Q. 帰国後に納付書が届きました。無視するとどうなりますか。 A. 延滞金が発生し、財産の差押えに至る可能性があります。また未納は在留資格の更新・変更審査で不利に働くため、再来日を予定している場合はとくに注意が必要です。
Q. 会社が年末調整をしてくれれば、何もしなくてよいですか。 A. 多くの場合はそのとおりですが、医療費控除、ふるさと納税(ワンストップ特例を使わない場合)、国外居住親族の扶養控除などは、年末調整では処理できないか、追加書類が必要です。
10. 参考情報 国税庁(所得税・確定申告全般)— e-Tax、確定申告書等作成コーナー お住まいの市区町村役所 税務課(住民税、納税管理人届出) 税務署の相談窓口 — 電話相談センターおよび窓口相談(要予約の場合あり) 日本税理士会連合会 — 税理士の検索
在留資格の更新や永住申請では納税証明書の提出を求められることが一般的です。日々の納税をきちんと済ませておくことは、税務上の問題を避けるだけでなく、日本での生活基盤を守ることにも直結します。
最終更新:2026年8月25日/記載の金額・制度は今後の法令改正により変更される可能性があります。
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